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2014 9/21 宗教の聖戦士たち

『現代武士道』の確立!にチャレンジ(No11)

★葉隠武士道だけではない→「聖戦士と云ふは死ぬ事と見つけたり」

・ご存知、聖戦(ジハード)をおこなうムジャーヒディーン(直訳すれば「イスラムの教えに従って異教徒と戦う人、またジハードを行う人」の複数形。さらに直訳すれば「聖戦士」)の自爆テロや戦闘行為を見るまでもなく、信仰心に基づく戦士たちは死を恐れない。日本でも一向一揆や天草四郎の乱など実例には不自由しない。
江戸時代のキリシタンなどは戦士のみならず信徒の老若男女のほとんどが踏み絵を行うよりは残酷な刑死を自らの意思で選んだのである。
信仰心による戦士の強さは、思想として頭で考えて、自己納得して死を実行する武士道の比ではないのである。
この点からもグローバルススタンダードとして「忠」による献身の死は武士道の専売特許ではないことは明らかであろう・・・。
では、武士道は思想としてどのように世界の戦士道から差別化されるのであろうか?・・・・・
以下N012へ続く。
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