FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

秦 従道の「現代武士道」考察(全文まとめ)

『現代武士道』の確立を!(No1)
(求む!関心のある同志!)
うっかり「武士道」を定義づけたりすると各方面から集中砲火を浴びそうな昨今の風潮であるが、それだけ日本人には別格な思い入れがあるという証だろう。
現在において『武士道』という表現は同一でも、その意味するところは人によってばらばらというのが実情ではないだろうか・・・。

そういった環境下で、あえて現代に必要な「武士道」とはどうあるべきなのだろうか?という事を私なりに探求してみたいのである。
(関心ある方コメント下さい)

まず『現代武士道』という言葉が武士道論でははっきりと使用されているかどうかはわからない。すでに誰かが定義づけているかを知っている方がいればご教示ください。

とにかくあろうとなかろうと私なりにこの言葉を確立していきたいと考えているのである。

★武士道の大雑把な流れ
 ① 江戸時代より前の主従が契約関係(中世ヨーロッパのような)であった時代の武士道。

② 江戸時代、いわゆる絶対的忠義が求められた主従関係時代の武士道。

③ 明治以降、武士階級は廃止されたが天皇制・軍国主義的環境のなかでの武士道と言われる考え方「近代武士道」
  ★有名な新渡戸稲造の「武士道」はご存じの方も多いと思うが、江戸時代の武士道を単に英訳して外国に紹介したものではなく、彼のキリスト教的宗教観も加味した独自の(外国の宗教による道徳観に代わる)武士道であり、よく読んでみるとちょっと違うな、と感じることが多いのである。

④ 私(われわれ)が確立しようとしている「現代武士道」。これはすでに武士も兵隊(徴兵制ではないという意味で)もいない現在の世の中で、男女ともに日本人としての精神の拠り所、あるいは規範となるような哲学・思想、または道徳感に近いようなものになるのではないかと考えられるのである。

★ という訳で、われわれの探求後のオリジナルな考えを発表していこうと思うのであるが(NO2以降)、共鳴者も出てきてくれそうな半面、強力なリアクションもでてきそうで、どうなることやら、楽しみなことでもある・・・・。

『現代武士道』の確立!にチャレンジ。(No2)
★ 現代武士道の追求において武芸の鍛錬は必要条件ではない!!

そもそも武士道の『道』の意味するところとは?
ご承知のように「道」とは技や術ではなく、人間形成(人格・道徳・礼節など)を極めるために説かれる思想・理念の事であろう。

たとえば剣術とは剣のテクニックのことであり、実戦でいかに勝つことしか眼中にない。しかるに剣道とは、剣の修行とともに心も鍛え、人間性を高めることであるとされている。

よりわかり易いのは弓道であろう。柔道や剣道は現在でも試合そのものは実戦に近いものであるが、弓道の場合はもはや実戦とは程遠い。実戦で求められるのは矢を放つまでのスピード、連射・遠射の技術であるが、弓道の実技はまさにセレモニーであり、実戦に役立つとは思えない。これはすでに人格形成の面が強く外面にまで現れているわけであり、「道」の追求の場となっていることが誰にでもわかるレベルまで深化していると考えられる。

そこで『道』の追求を人格形成の場としてとらえれば、これはスポーツ(武芸)に限らず
茶道なども存在するのであり、もはや武士階級が存在しない現代では「武士道」は全国民的な思想・理念・道徳的な役割を果たすべきものとして求められているのであるから、そこに到達するのには老若男女(全国民)全員が参加できるもでなければならず、武芸や強靭な肉体の修行・鍛錬から入る方法は、数多くある『現代武士道』を追求する方法の一つという位置づけになるのではないだろうか・・・。

(本投稿はネット上に掲載されている資料を独自に取りまとめて考察した私なりの判断です。
  通説やご自分の判断と異なることもあるかと思いますが、悪しからず。軽い読み物としてお楽しみください。)

『現代武士道』の確立!にチャレンジ。(No3)
★武士道は思想であり、そうなるとその基盤となる武士集団の歴史を紐解く必要が出てきたのである。
(お断りしておくが私は学者でもないし、この投稿は論文?でもない。従って本投稿はネット上のあちこちの資料を「コピペ!」あるいは「切り貼り!」して私なりに作成したものである。つまり盗用とかねつ造とかいうお話とは無縁にしていただきたいのである・・念のため(^^:)

★さて簡単に「武士道」といっても様々なジャンルがある。
 「戦国時代の武士道」「山岡鉄舟たちの武士道」葉隠武士道」「福沢諭吉の述べた武士道」「皇道的武士道」「新渡戸稲造の武士道」などなど・・・・。
上記に関し私の得た知識を「超」簡単にまとめてみたい・・。

≪時代背景と時々の武士道≫

古代(例えば聖徳太子の時代など)にも武士はいた?
・武士というか「戦士=戦闘専門の技能集団」はいたのである。
古代豪族(氏族)には専門能力をもつ集団が存在した。
有名な戦闘氏族は「物部氏」である。
彼らはその強力な戦闘能力で天皇に仕え、聖徳太子たちに滅ぼされるまで権勢を誇ったわけである。武士を「もののふ」と呼ぶのはこの「もののべし」からきているという説は有力である・・・(以下No4に続く)

『現代武士道』の確立!にチャレンジ(No4)

★ 武士の歴史(続き)

2 平安時代・・・いわゆる武士の台頭
  八代将軍吉宗でおなじみの「将軍様」はいわゆる「征夷大将軍」の事であるが、これは桓武天皇時代(794年)大伴弟麻呂を初代とするとされている。
有名な坂上田村麻呂は2代目である。本来これは朝廷から臨時に与えられる官職であったがその名称は、その後徐々に武家の棟梁としての意味合いを固めていくのである。

平安時代の後期、律令制度のタガが緩み始めると、荘園制度の崩壊がはじまり、土地の「自警団」として地方にも武士集団の原型が出現してきた。

彼らは集団のトップに「頭領・棟梁」を戴き、家子郎党と呼ばれる主従関係を築いていった。

これは「家父長制度」=父(主人)との主従関係。「概念としての家という考え方」により「家」の存続のためなら一身をささげることが名誉とされるなど、武士道の根源的倫理観が醸成されていくのである。

また当時の土地を守る集団のルーツは都を離れ、土着した下級貴族の末裔と考えられるが、それゆえに自分たちの先祖は天皇家の血筋であると信じ(あるいは権威づけのために)以後、天皇崇拝の思想は連綿と続いていくのである。
※ 例:清和源氏・桓武平氏

≪参考≫ 平安時代は征夷(大)将軍のほかに、征狄将軍(北を制圧)、征西将軍(西を征伐)がいた。これは中国の「東夷・西戎・南蛮・北狄」を参考にしたとされている。
・さすがに南は海なので征南蛮将軍は不要だったのかも?
・・・・・以下No5に続く。

『現代武士道』の確立!にチャレンジ(No5)

★ 武士の歴史(続き)

3 鎌倉時代・・・武家政治のはじまり

  源平の争いを制した源氏(源頼朝)が武家の棟梁としての地位を確立し鎌倉幕府を開く(1192)。以後征夷大将軍は源氏の流れに限られるといわれているが厳密なものであったかは現時点で私にはわからない。

  もともと征夷大将軍は天皇の名代として司法行政軍事の全権を与えられた官位である。

  実力と実権は将軍だが任命権者は天皇という一種の二重権力システムといえるだろう。

  その後、鎌倉幕府の実権は執権北条氏に握られたが、北条氏はお飾りの将軍を据え、自ら は将軍とならなかった。これは前述のとおり、北条氏が桓武平氏の末裔とされていたため(非源氏)という説もあるが、お飾りの将軍職には朝廷から公家をむかえたこともあり、前述のとおり将軍職と源氏か一体不可分なものであったのかは、もう少し勉強が必要なようである。

武士道の観点から言えば北条氏は武家の法令「貞永式目」を制定した。これは規則のみならず武士の道徳教育も含まれており、仏教などの重要視も記るされており、宗教的な絶対者の存在を教育したということは、天皇制や、武家の棟梁への服従においてどういう意味を持つのであろうか・・。

とにかくこの時代の武士階級の思想には仏教・禅などの考えが大きな影響を与えたことは確かなようである。

≪貞永式目≫
・正式には御成敗式目。
全51条からなるが、この数は17の3倍であり、17は十七条憲法に由来するそうである。
主な項目。地頭(御家人)と荘園主(公家)との所領争いにも効果を発揮したようであるが、法令のみだけでなく武家の日常生活・道徳にまで及んでいるとされている。
第三条 - 諸国守護人奉行事
第七条 - 所領之事
第八条 - 土地占有之事
第九条 - 謀反人事
第十条 - 殺害刃傷罪科事
第十二条 - 悪口咎事
第十三条 - 殴人咎事
・・・以後No6(室町・戦国時代)へ続く。

『現代武士道』の確立!にチャレンジ(No6)

★ 武士の歴史(続き)

○ 室町末期から戦国時代・・ なんといっても下剋上!
・鎌倉時代に培った「忠」の思想は何処へやら・・・力のない主人は裏切り・見限り、何でもありの戦国時代。武士道はまさに生き残りの「処世訓」であったと推察される。
戦いのなかでの生き残り術は「信玄家法」など幾多の有力武将が実践のなかから書き残している。それにしてもこの時代の『忠』の思想とは一体どんなものだったのであろうか?

○ 江戸時代・・・ついにでてきた「武士道」という言葉。
長期に安定した江戸時代において戦士としての武士よりは行政官僚としての役割が重要視された。この時代に処世術としての武士道は儒教などから影響を受け思想・哲学としての傾向を強めた。思想を教育する山鹿素行ほか武士道の学者も生まれてきたのである。
一方地方では「葉隠」思想なども静かに発生し、主君への「忠」の心を重要視する、いわゆる武士道の発展の時代となったのである。
この武士道をバックに武士たちは「士農工商」のトップに立つ基盤ができたといっても過言ではないだろう・・・(No7へ)

『現代武士道』の確立!にチャレンジ(No7)

★ 究極かローカルか! 評価分かれる『葉隠』武士道!

★ あまりにも有名な「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」というフレーズ。
たいていの人は葉隠=このフレーズしか印象にないだろう。
しかしネット上の大方の論調は「葉隠の全体を理解せず、この部分だけ取り出して武士道精神と単純に解釈されてしまっている事が多い。実際、太平洋戦争中の特攻、玉砕や自決時にこの言葉が使われた事実もあり、現在もこのような解釈をされるケースが多い。」というものである。
・葉隠は九州、鍋島藩の藩主の語録を主としており、口伝の方式をとられていたため原本は存在していない。学者の作る哲学・思想風の体系的な「学問」と言えるような体裁ではないため、この部分(生死に関する部分)は別にしてローカルな思想の一つに過ぎない、という人も多い。
(そもそも葉隠は武士の処世術を記したものであるというように)
しかし三島由紀夫が着目して「葉隠入門」を発刊したくらいだから奥深いものかもしれない。その点を勘案しても、いずれにせよポイントは「生と死」の解釈であって、もしその点が主たる論点や評価点になっているのであれば、それこそ「生と死」という命題は世界中の哲学・思想の論議の的になっており「葉隠」の専売特許ではないと思われる。
「葉隠」信奉者からはブーイングがきそうな結論だが、結局「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」という一節があまりに名文過ぎて(これには誰も異存はないだろう)、この印象で「葉隠」を評価しているというのが(大多数の人の)本当のところではないだろうか・・・・?
・・・・・(No8)へつづく。

『現代武士道』の確立!にチャレンジ(No8)

★ 武士の歴史(続き)

やっぱり驚きの明治維新!
武士が武士階級制度を破壊!一気に中央集権制国家を確立!

廃藩置県、廃刀令、(俸給など)武士特権の廃止(武士の消滅)、断髪令、徴兵制(国民皆兵)。これらは平民が征夷大将軍率いる武士階級を倒したのではなく、武士が武士階級に行った大改革であるから驚きなのである。自分たちの属するグループの特権を廃止することは現在でも難関であると推測され、当時の明治政府の中枢を担った旧若き志士たちの大英断と実行力に感嘆するのみである。明治維新はまさに革命であっただろう。
(例えて言えば、現在の下級官僚が省庁をぶち壊して新しい組織を作るに等しいことだと思うのである・・・今の役人にこんな英断ができるであろうか)

⇒とにかく武士階級は消滅して士族となった。(一部族籍に変更があり、かなりの下級武士や足軽などは平民に、また新規に士族籍になったものがいたという)

では武士道は士族道・として受け継がれたのであろうか?
⇒幕末は忠の対象が天皇になり、攘夷論が論ぜられるなど単なる1武士の心構えなどより天下国家が論ぜられる風潮だったのではあるまいか。

維新後は体制的には四民平等であったが、職業軍人、官吏、教員の多くが士族で占められていたこともあり、士族の考え方が国民の間に影響を及ぼしたことは推察できるのである。

・・・・以下No9へ続く

現代武士道』の確立!にチャレンジ(No9)

★ 武士道の歴史(続き)

明治以降⇒武士がいなくなっても武士道・・!?
(以下は私なりの論評である・・・通説とは異なるところが多々あると思う・・念のため)

・武士階級が消滅したのち、一応は士族と平民に分かれたが、士族が経済的特権を失い、基本的に平民と同じ生活をしなければならなくなったとき、武士道の対象はもはや士族のためのものではなく日本全国民が対象になったのであろう。要するに国民全体の規範という位置づけになったのである。

・そしてもはや武士道と名乗る必要があるのかと思うくらい、様々な考え方の「武士道」が出現してくるのである。
① 和魂的武士道 ② 皇道的武士道 ③ キリスト教的武士道 ④ 新渡戸稲造のキリスト教的武士道 ⑤ その他

・①は福沢諭吉など和魂洋才派 ②は「葉隠」の都合のよいところを抜き出し、天皇絶対主義で後日の「軍人勅諭」の元となったといわれている。③は内村鑑三など士族出身の思想家の考え方。
④が、かの有名な新渡戸稲造の「武士道」であるが、これは西洋人に日本人の倫理観を説明するために最初から英語で書かれた、日本文化の紹介書というものであり、本来の日本古来の武士道を追求したものではない。そのためにこの本の評価には国内で賛否両論が存在するのである。ただ、世界に「武士道」という言葉を良い意味で広げたという面では大きな意義があったことは否定できない。しかし日本人が武士道を論じるとき「ちょっと違うな」という読後感が生じるのも確かなのである。・・・・・以下No10へ続く。

『現代武士道』の確立!にチャレンジ(No10)

★ 武士道と騎士道

なんとキリスト教的信仰心と貴婦人への崇拝を除けば、教条的には武士道と変わらない!

★騎士が守るべきもの。

・不動の信仰と教会への服従
・PROWESS: 優れた戦闘能力
・COURAGE: 勇気
・HONESTY: 正直さ 高潔さ
・LOYALTY: 誠実〈忠誠心〉
・GENEROSITY: 寛大さ
・FAITH: 信念
・COURTESY: 礼儀正しさ、親切心
・FRANCHISE: 崇高な行い、統率力

★ 聖ヨハネ騎士団の紋章(マルタ十字)
聖ヨハネ騎士団の紋章には次のような意味がある。「十字架の4つの腕は基本的な道徳を表し、それぞれ慎重さ、節制、正義、不屈の精神を意味する。8つの尖った角は山上の垂訓の8つの恵みを表し、それぞれ謙虚、思いやり、礼儀、献身、慈悲、清らかさ、平和、忍耐を意味する。」

★ これらが騎士道の思想だとすると武士道との違いを見つけるのは難しい。
★ 信仰上の理由で「忠」の対象が絶対的「神」となることと、自殺が禁じられていることから、チャンスがある限り生き続けて戦うということくらいか。
・・・・・・以下No11へ続く

★葉隠武士道だけではない→「聖戦士と云ふは死ぬ事と見つけたり」

・ご存知、聖戦(ジハード)をおこなうムジャーヒディーン(直訳すれば「イスラムの教えに従って異教徒と戦う人、またジハードを行う人」の複数形。さらに直訳すれば「聖戦士」)の自爆テロや戦闘行為を見るまでもなく、信仰心に基づく戦士たちは死を恐れない。日本でも一向一揆や天草四郎の乱など実例には不自由しない。
江戸時代のキリシタンなどは戦士のみならず信徒の老若男女のほとんどが踏み絵を行うよりは残酷な刑死を自らの意思で選んだのである。
信仰心による戦士の強さは、思想として頭で考えて、自己納得して死を実行する武士道の比ではないのである。
この点からもグローバルススタンダードとして「忠」による献身の死は武士道の専売特許ではないことは明らかであろう・・・。
では、武士道は思想としてどのように世界の戦士道から差別化されるのであろうか?・・・・・
以下N012へ続く。

『現代武士道』の確立!にチャレンジ(No12)

★儒教と武士道

歴史の古さから言っても儒教が武士道に大きな影響を与えている、あえて言えば母体となっているといっても過言ではないだろう。


儒教の教えは「仁・義・礼・智・信」であり、例えば「仁」は武士道の重要徳目である
「惻隠の情」に繋がるなど、まさに武士道の根幹をなすものである。

紀元前に孔子によって確立された儒教はその後朱子学、陽明学など枝分かれを出したが、武士道の思想も一つではなく、それぞれ朱子学や陽明学などの影響を強く受けて複数の考えがあるというのが本当のところであろう。

それぞれの詳細はとても述べきれないが、武士道研究の諸学説がまず儒教の影響を根本的に認め、論点をそれらの儒教の流れをくむ考え方と武士道は何が違うのかという観点から諸説を述べている事からもそれは証明されるであろう。

そこからも類推されるように武士道は宗教のように絶対的な教義的なものがあるのではなく、思想・哲学として様々な解釈があることもうなずけるのである。

つまり武士道は絶対的な正しさを無批判に教え込まれるべきものではなく、勉学し、悩み、考え自ら悟りを開く部類の物なのだろうと私は思う。

従って武芸の修業は悟りを得るための一つの方法であってそれが武士道に絶対的に必要なものではない。

思想であるからこそ現代においては老若男女、すべての人がその気になれば理解し実行できるものなのである。・・・・(まとめに続く)

『現代武士道』の確立!にチャレンジ(No13)

★ 独断的?超簡単まとめ1

・さすが日本人、世界の思想のいいとこ取り、和魂洋才の集大成としての武士道。
・古より武士道が影響を受けたものは仏教・神道・儒教(孔子・孟子・朱子学・陽明学)、キリスト教に至るまで何代にもわたり、多数の人々によって研究され、優れた点を取り入られてきたものである。ある意味臆面もなく他の思想を参考にし日本的にアレンジして消化するという、日本得意の「和魂洋才」文化の集大成と言えなくもない。


・根幹をなす思想、仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌、は時代や人によって解釈が異なり
 宗教のように厳密に確定しているわけではない。

・つまり武士道は時代に合わせて変遷する思想・倫理・道徳感なのである。それは庶民感覚よりもハイレベルのものであることは間違いない。

・ 上記8要素に加えて「勇」や「死」の問題が特に取りあげられることが多いが
平成の「現代武士道」において、その解釈は特に異なってくると思われる。

①  武士に求められた勇猛さは現代ではどういう行動になるのだろうか?
②  現代においても死を恐れることは許容されないのか(そこまで求められるのか)?

★ついに私の『現代武士道論』!(No14最終編)

★ 独断的?超簡単まとめ(学者の皆さん、ごめんなさい)
★ 最重要ポイントは「実行力」である。
★ 考察の結果、吉田松陰にたどり着いてしまった!
   『知行合一』
  陽明学・・・王陽明の思想


★ 実行力なき者は安易に「武士道」「サムライ」を語るなかれ!!

1 「知っているなら行動せよ」 あるいは「知識は 行動を伴ってはじめて完成する」 というのが「知行合一」の意味するところである。

2 現代のサムライ=武士道精神+実行力である。

3 現代武士道は、時代に即した仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌、勇、死などの考え方を根幹とする、高い倫理観・道徳観を持った和魂洋才の思想である。

4 例え、現代武士道精神を頭で理解していても、実行なければ単なる評論家であり現代の『サムライ』ではない。

5 現代武士道では実行力に「死」まで求めていないが、ただ大勢に負けて黙してはならない。現代武士道の思想に照らして正しいと思った場合は、何らかのアクション、あるいは意見の発表だけでも行うのか現代の『サムライ』である。

★結局は明治維新を思想的に指導した「吉田松陰」にたどりついてしまったのである










スポンサーサイト

コメント

非公開コメント
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。