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2014 8/20 武士の歴史(続き)



秦 従道

8月20日

公開▼
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『現代武士道』の確立!にチャレンジ(No4)

★ 武士の歴史(続き)

2 平安時代・・・いわゆる武士の台頭
  八代将軍吉宗でおなじみの「将軍様」はいわゆる「征夷大将軍」の事であるが、これは桓武天皇時代(794年)大伴弟麻呂を初代とするとされている。
有名な坂上田村麻呂は2代目である。本来これは朝廷から臨時に与えられる官職であったがその名称は、その後徐々に武家の棟梁としての意味合いを固めていくのである。

平安時代の後期、律令制度のタガが緩み始めると、荘園制度の崩壊がはじまり、土地の「自警団」として地方にも武士集団の原型が出現してきた。

彼らは集団のトップに「頭領・棟梁」を戴き、家子郎党と呼ばれる主従関係を築いていった。

これは「家父長制度」=父(主人)との主従関係。「概念としての家という考え方」により「家」の存続のためなら一身をささげることが名誉とされるなど、武士道の根源的倫理観が醸成されていくのである。

また当時の土地を守る集団のルーツは都を離れ、土着した下級貴族の末裔と考えられるが、それゆえに自分たちの先祖は天皇家の血筋であると信じ(あるいは権威づけのために)以後、天皇崇拝の思想は連綿と続いていくのである。
※ 例:清和源氏・桓武平氏

≪参考≫ 平安時代は征夷(大)将軍のほかに、征狄将軍(北を制圧)、征西将軍(西を征伐)がいた。これは中国の「東夷・西戎・南蛮・北狄」を参考にしたとされている。
・さすがに南は海なので征南蛮将軍は不要だったのかも?
・・・・・以下No5に続く。
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