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20014 8/22 武士の歴史(続き)

『現代武士道』の確立!にチャレンジ(No5)

★ 武士の歴史(続き)

3 鎌倉時代・・・武家政治のはじまり

  源平の争いを制した源氏(源頼朝)が武家の棟梁としての地位を確立し鎌倉幕府を開く(1192)。以後征夷大将軍は源氏の流れに限られるといわれているが厳密なものであったかは現時点で私にはわからない。

  もともと征夷大将軍は天皇の名代として司法行政軍事の全権を与えられた官位である。

  実力と実権は将軍だが任命権者は天皇という一種の二重権力システムといえるだろう。

  その後、鎌倉幕府の実権は執権北条氏に握られたが、北条氏はお飾りの将軍を据え、自ら は将軍とならなかった。これは前述のとおり、北条氏が桓武平氏の末裔とされていたため(非源氏)という説もあるが、お飾りの将軍職には朝廷から公家をむかえたこともあり、前述のとおり将軍職と源氏か一体不可分なものであったのかは、もう少し勉強が必要なようである。

武士道の観点から言えば北条氏は武家の法令「貞永式目」を制定した。これは規則のみならず武士の道徳教育も含まれており、仏教などの重要視も記るされており、宗教的な絶対者の存在を教育したということは、天皇制や、武家の棟梁への服従においてどういう意味を持つのであろうか・・。

とにかくこの時代の武士階級の思想には仏教・禅などの考えが大きな影響を与えたことは確かなようである。

≪貞永式目≫
・正式には御成敗式目。
全51条からなるが、この数は17の3倍であり、17は十七条憲法に由来するそうである。
主な項目。地頭(御家人)と荘園主(公家)との所領争いにも効果を発揮したようであるが、法令のみだけでなく武家の日常生活・道徳にまで及んでいるとされている。
第三条 - 諸国守護人奉行事
第七条 - 所領之事
第八条 - 土地占有之事
第九条 - 謀反人事
第十条 - 殺害刃傷罪科事
第十二条 - 悪口咎事
第十三条 - 殴人咎事
・・・以後No6(室町・戦国時代)へ続く。
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