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2014 9/9 究極かローカルか! 評価分かれる『葉隠』武士道!

『現代武士道』の確立!にチャレンジ(No7)

★ 究極かローカルか! 評価分かれる『葉隠』武士道!

★ あまりにも有名な「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」というフレーズ。
たいていの人は葉隠=このフレーズしか印象にないだろう。
しかしネット上の大方の論調は「葉隠の全体を理解せず、この部分だけ取り出して武士道精神と単純に解釈されてしまっている事が多い。実際、太平洋戦争中の特攻、玉砕や自決時にこの言葉が使われた事実もあり、現在もこのような解釈をされるケースが多い。」というものである。
・葉隠は九州、鍋島藩の藩主の語録を主としており、口伝の方式をとられていたため原本は存在していない。学者の作る哲学・思想風の体系的な「学問」と言えるような体裁ではないため、この部分(生死に関する部分)は別にしてローカルな思想の一つに過ぎない、という人も多い。
(そもそも葉隠は武士の処世術を記したものであるというように)
しかし三島由紀夫が着目して「葉隠入門」を発刊したくらいだから奥深いものかもしれない。その点を勘案しても、いずれにせよポイントは「生と死」の解釈であって、もしその点が主たる論点や評価点になっているのであれば、それこそ「生と死」という命題は世界中の哲学・思想の論議の的になっており「葉隠」の専売特許ではないと思われる。
「葉隠」信奉者からはブーイングがきそうな結論だが、結局「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」という一節があまりに名文過ぎて(これには誰も異存はないだろう)、この印象で「葉隠」を評価しているというのが(大多数の人の)本当のところではないだろうか・・・・?
・・・・・(No8)へつづく。
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